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JBIC業務分類:円借款
関連組織:アジア開発銀行(ADB=日本政府が最大の出資者)が2億3000万ドル(約250億円)を協調融資
「サムットプラカン」がタイ中部の県名だと知らぬまま、このプロジェクトの名前を知っているNGO・開発関係者も多い。それほど物議をかもしだしたプロジェクトである。
1998年、サムットプラカン県バンボー郡クロンダン地区の住民は、突如地元に建設が開始された巨大汚水処理施設に驚く。住民には何も知らされていなかった。そして、施設から排出される重金属が沿岸の汽水域や養殖漁業にもたらす悪影響をはじめ、環境への影響が十分に調査されていない事実に二度驚く。情報の糸をたぐるうちに、計画最終段階での建設地の変更、市場価格を大きく上回る用地買収、工事受注企業と政府高官との癒着など、汚職の構図も明らかになった。
「義と真は我らにあり」と確信した住民は、建設資金を提供したアジア開発銀行(ADB)とJBICにこの件を持込んで「建設中止」を迫るが、結局どちらの「援助」機関も住民を援助する組織ではないことをおもい知る。住民は、建設工事現場の一部を占拠する強硬手段に出る一方で、タイの行政裁判所に訴えるなどプロジェクト阻止を目指してあらゆる手をつくす。その中に、ADBの独立審査パネルへの提訴があった。タイ政府が委員会の現地調査を妨害するなど審査は難航するが、2002年、パネルはようやく、プロジェクトへの環境配慮などの面でADBに重大な政策違反があったことを認める。しかし、千野ADB総裁(当時)もJBICも、このパネル報告を活かす気概と術(すべ)に欠けた。建設工事はクロンダン地区の住民の首を真綿で絞めるがごとく粛粛(しゅくしゅく)と進行した。
最大の転機は2003年2月に訪れる。プロジェクトを管轄するタイ政府の環境天然資源大臣(当時)が、受注企業による工事契約違反を認めたのである。同大臣の指示により工事は完成直前で中断。この英断は、クロンダン住民の調査と情報提供によるところが大きかった。
約70億円のODAを融資したJBICは、住民との話合いには応じたものの、当初よりタイ政府側の説明を鵜呑みにするばかりで、独自の調査も行わず、結局有効な解決手段も見出せなかった。一方で、環境天然資源大臣が工事契約違反を発表すると、タイ政府に対して融資返還を要求。その変り身の早さは、環境天然資源大臣をして、「JBICの行動は非常に不適切で責任逃れにうつる。プロジェクトに大きな問題があると知り、JBICも関わりを持っているくせに」と苦言を呈させるほどだった(『日刊マネージャー紙』2003年6月17日)。同年7月、JBICはタイ政府から前倒しで約50億円(支払い分)の返済を受ける。
「サムットプラカン」をすでに記憶から消去した人々も多かろうが、今年(2006年)1月に、工事契約違反と用地不正取得に連座したとされる者たちを裁く法廷がタイの地裁で開廷されたばかりである。結審までに10年を要する可能性さえあると地元紙は告げる(『日刊マネージャー紙』2006年1月27日)。一方、95%以上が完成して工事中止となった汚水処理施設は丸3年放置されたまま、日々数名の警備員が無為に徘徊するばかりだという。
「経緯はどうあれ、ここまでできたのだから完成させてはどうか」との意見は、地元の環境への影響やプロジェクトの運転資金不足などの問題点を無視しており、根拠を欠く。クロンダン住民は、施設の海洋研究センターへの転用を提案しつつ、プロジェクトを墓場から蘇らせようとする者への監視を今も怠ってはいない。
詳細は、メコン・ウォッチのウェブサイトをご参照下さい。
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